遠出して非日常を味わいたい
昨日は朝から母と一緒に野菜直売所に買物に行ってきました。
新鮮な食材が安価で手に入るので母が毎週行くのを楽しみにしています。
ちょっと遠いのですが天気が良ければドライブがてら出かけるのはいいものですね。
Jリーグのサポーターさんのツイッターを眺めていると、現地観戦に行かれている方が大勢いて羨ましいなと思いました。
毎週現地に行ってるんじゃないの?という方もいて、すごいですね。
そして私も現地に行きたくなるのです。
家でお菓子を食べながらDAZNで観るのもいいんですけど。
現地で大きな声を出したり、タオルを振り回したりして応援したいと思うのです。
選手の走るスピードを実感したり、ピッチを真剣な眼差しで見つめる監督の姿を眺めたり、生観戦でしか感じられないことが多々あります。
スタジアムまで行く道中も、普段利用しない電車やバスに乗って窓の外を眺めたり、現地のグルメを食べて、チームのマスコットに会って、グッズ売り場で商品を見たり、選手のサイン会に参加したり。
そしてサポーターが発する熱量というかパワーを感じると自分も頑張ろうと思えてきて。
非日常を味わえるんですよね。
日常も楽しいんですけど、どうしても似たような日々の繰り返しになりますからね。
生活に変化を取り入れるべく工夫しようとしているものの、近所に出かけるのとは違う解放感を遠出すると味わえるのです。
ただ、そんなに解放感を欲するほど日常生活において我慢している感覚がないのです。
でも気づかないうちに細かい我慢が積み重なっているのかもしれませんね。
やっぱりサッカーの現地観戦の楽しさとワクワク感を知ってしまうと、家で寝転がってDAZNを観ている私は何だろうと思います。
まあ、遠出すると平気で万単位のお金が飛んでいくので気軽には行けなくて難しいところではあります。
とりあえず在宅収入を増やすべく努力あるのみですね。
自分という友達と一緒にいる感覚
今日も公園に散歩に行ってきました。
一時間くらい歩き続けて疲れたので、ベンチに座って家から持ってきた水筒のお茶を飲んでホッと一息ついていました。
最近特に一人で過ごすことが快適に思えます。
とりあえず当分働かないと決めて、無理に人の集まる場所に行くことをやめて気持ちが落ち着いてきたのが大きいです。
職場、習いごと、サークルなど人と繋がる集団に属していないので親以外の人との関わりは僅かです。
父のケアマネージャーさんや介護士さんと月に1~2回介護方針に関する会議で話をしたり、父の付き添いで病院に行って医師の先生と話したり、たまに行きつけのカフェのマスターと世間話をすることはあります。
上記のような場では私はお客さんなので気を使わなくていいのがラクです。
サービスを受ける立場でいられる有難さを痛感しています。
だからこそなるべく丁寧に人と接するように心がけているつもりですが、機嫌の良し悪しが日によって違うので気をつけたいですね。
昔、友人に誘われてスポーツ系のサークルに入ったことがあるのですが、何となくヒエラルキーというかサークル内の個々の立ち位置みたいなものが既に決まっていて違和感を感じました。
そもそも、そのスポーツに興味がなかった時点で入るべきではなかったんですよね。
それと前に水彩画を描く習い事をしていたのですが、教室に20人くらい生徒がいたにも関わらず三ヶ月間ほとんど誰とも話さずに終わりました。
自分から話しかけることが得意ではないですし、先生は話しかけて下さっていたので問題はありませんでした。
やっぱり多くの人と人間関係を築くこと、コミュニティに属することに向いていないのだと感じます。
だからこそ一人で過ごすことが楽しくて、ようやくそういう自分で良かったと思えるようになりました。
ただ、少人数で気の合う人と話すのは楽しいです。
普段一人で過ごす時間が長くなると会話をするのが新鮮に感じられます。
全く一人で生きているわけではないので人と接する貴重な機会は大切にしたいです。
でも不特定多数の人との交流は避けたいんですよね。
以前は違う価値観の人とも関わって気づきを得ようとしていましたが、それは自分に大きな負担がかかることだと分かりました。
人間関係に関してはラクをしてもいいと考えを改めることにしました。
集団に属さないことで外に自分の居場所がないのが現状ですが、最近はそれでもいいと思っています。
自分自身の中に居場所があればそれがベストなのかもしれません。
一人で過ごしていると自分という友達と一緒にいる感覚で自由で自然体でいられるのが心地いいんですよね。